あのワラビ採り事件の真相が明らかに?|未解決事件

日本の事件

1975年5月23日、京都府長岡京市内にある、駅前のスーパー「イズミヤ」でパートをしていた主婦2人が、仕事終わりの午前10時頃、そのまま自転車でワラビ採りに出かけた。特に珍しいというわけでもなく、時間のある時には、よく2人でワラビ採りに出かけていたという。しかし、この日は、いつもの時間になっても、2人が下山してくることはなく、そのまま消息を絶ってしまう。

それから2日後、山頂付近にて、リンチさながらに暴行された2人の遺体が発見される。現金やキャッシュカード、腕時計などの金目の物は取られておらず、持ち歩いていたリュックの中には、ワラビの束がそのまま入っていた。警察が、持ち物を調べたところ、被害者のジーパンの右ポケットから、「追われている、たすけて下さい、この男の人わるい人」、と書かれたメモが発見され、警察は殺人事件と断定、すぐに捜査が開始された。

司法解剖の結果、殺害されたAさんは、全身約30か所にも及ぶ皮下出血が確認され、激しい暴行を受けたことが判明。左右合わせて9本の肋骨が折れており、肝臓は破裂していた。死因は、首を両手で絞められたことによる窒息死で、拷問にも似た激しい暴行の末、首を絞められ殺害されたとみられている。

また、もう一方の被害者Bさんに関しても、同様に、激しい暴行の形跡があった。全身50か所にも及ぶ皮下出血があり、体中の至る所に、殴る蹴るといった暴行の痕が確認された。死因は、胸を刺されたことによる失血死で、発見時、Bさんの胸には包丁が突き刺さったままだった。

更に、衣服の乱れがなかったAさんからは、犯人のものと思われる体液が発見されたにも関わらず、下半身の下着が引き裂かれており、乱暴された可能性が高いBさんからは、犯人の体液は検出されなかった。

これらの現場の状況を元に、警察が乱暴目的による殺人事件の可能性を視野に捜査を開始したところ、いくつかの有力な目撃証言が得られた。

同市内に住む不良グループの男2人が、殺害時間直後に、山から急ぎ足で下山してきたという目撃情報が寄せられたのだ。警察が、現場の状況を元に推測した犯人の特徴である、「空手などの武術の経験がある」、や「付近に住む不良グループ」、に合致しており、また、素行の悪かった2人が、事件直後から急に真面目になったという話もあり、警察は、すぐさま重要参考人として2人に対し事情聴取を行った。ところが、決定的な証拠は見つからず、捜査は振り出しに戻ってしまう。

次に容疑者として挙がったのが、事件現場付近で、度々目撃されていた40代の不審な男。事件発生の1年ほど前に、現場付近でワラビ採りをしていた主婦が、作業着姿の40代ぐらいの男に「奥さん、ワラビは取れますか?」と声をかけられた。その際、男は30センチほどの包丁を手に持っており、恐怖を感じた主婦は、少し離れた場所にいた夫と子供の所へ走って逃げたという。この不審な男は、事件の6日前にも目撃されており、警察は似顔絵を作成し、一般公開するも、男の行方は掴めなかった。

寄せられた目撃情報が、ことごとく空振りに終わり、捜査に行き詰った警察が、次に疑惑の目を向けたのが、被害者となったAさんの夫だった。Aさんの夫は、事件後、多額の保険金を手にし、新しい恋人と贅沢な生活を送っていた。一方で、もう一人の被害者Bさんの夫は、保険金を捜査協力という名目で、京都府警に寄付しており、両者の対応の差に、疑惑の目が向けられたのである。しかし、決定的な証拠は得られず、またしても捜査は行き詰ってしまう。その後も、容疑者が浮上しては消え、浮上しては消えを繰り返し、1994年5月に、公訴時効が成立し、事件は真相が掴めないまま、闇に葬られることとなった。

ここまでが、未解決事件として有名な「ワラビ採り事件」の内容である。ところが、この事件はまだ終わってなどいなかった。実は、ワラビ採りに来ていたのは、殺害されたAさんとBさんの2人だけではなく、もう1人いたのだ。

事件発生から5年後の1984年、同市内に住む1人の主婦Cさんが、凶器でメッタ刺しにされたあげく、放火されるという凶悪事件が発生した。遺体には、無数の刺し傷が残されており、よほどの強い恨みを持った者の犯行であると推測された。

そして、このCさんこそが、殺害されたAさんとBさんと共に、ワラビ採りにいっていた人物である。Cさんは、事件当時、AさんとBさんよりも一足先に下山していたため、幸運にも事件には巻き込まれなかったが、5年後に無残な遺体となって発見されてしまう。Cさんを知る人は、「恨みを買うような人ではなかった」と語っており、ワラビ採り事件同様、犯人はもちろん、動機も不明なまま、時効が成立、事件は未解決のまま迷宮入りする。

ところが、これら2つの事件に関するとある噂が、実しやかに囁かれている。実は、ワラビ採り事件には、真犯人を指し示す、ある重要な「2つの手掛かり」が存在したというのだ。

それは、山中には似つかわしくない「革靴の足跡」と、「スーツを着た中年男性の二人組の目撃証言」である。もし、彼らが真犯人だとすると、動機は一体なんだったのか。ここからは、あくまで噂話として聞いてもらいたい。

2つの事件で殺害された主婦3人は、普通の生活を送る裏で、違法の「斡旋クラブ」を経営していたという。どういった体制で経営していたかは不明だが、何らかのトラブルに巻き込まれ、組織によって消されたのではないか、と言われているのだ。これは、地元ではかなり有名な話だという。「激しい暴行の痕」はある種の見せしめの為に、「不可解な点が多い」のは、犯行のプロが捜査を攪乱する為、と考えると、確かに辻褄は合うと言えなくもない。

現場に残された謎のメモや、不可解な点など、未解決事件の多くは、その特性上、不気味に語られることが多いが、実は、真相は意外と単純なものなのかも知れない。

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