異常な趣味嗜好に溺れた猟奇殺人者「前上博」の生い立ち

日本の事件

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凶悪犯罪者はこうして生まれる…

趣味や嗜好というものは、人それぞれであり、決して非難されるようなものではない。しかし、それはあくまで他人に危害を加えない範囲での話であり、ましてや殺人などはもっての他である。今回は、そんな異常な嗜好を持つある男の話。何が彼を殺人鬼へと変貌させたのか、そのルーツに迫る。

2005年8月、1人の女性の遺体が、大阪府河内長野市にある河川敷にて発見された。殺人事件と断定した警察が捜査を開始したところ、そのわずか3日後に、一人の男が容疑者として逮捕された。男の名前は「前上 博」(当時36歳)。容疑者として署に連行された前上は、あっさりと女性殺害を認め、更には、別の2件の殺害も自供した。

前上は、厳格な父親の元で、厳しいしつけを受け育てられた。そんな前上の、その後の人生を大きく変える出来事が、小学4年生の頃に起きた。警察官である父親が突然、前上に馬乗りになると、そのまま首を締めあげたのだ。この時の、能面のような血の気のない父親の顔を、前上は忘れられないと語っている。それからほどなくして、父親が飲酒運転で事故を起こしたことを知った前上は、「お父さんは、正義の味方ではなく、犯罪者だったんだ。」と考えるようになった。理不尽な激しい体罰によるトラウマに加え、正義の味方であるはずの警察官の父親が、実は犯罪を犯していたという、幼心にはあまりにも耐えがたい精神的苦痛を抱えて育った前上は、その性格や趣味嗜好を徐々に歪ませていく。

たまたま手に取った推理小説の影響で、前上は「窒息」に対し、異常に興奮を覚えるようになった。問題のシーンは、犯人が薬品をしみこませたハンカチで、口を塞いで失神させ誘拐するという内容で、今まで感じたことのない興奮を味わったと、のちに前上は語っている。これは、幼少期に自らが体験した、父親からの体罰も影響していたと思われる。そんな前上が、初めて犯行に及んだのは、小学校高学年の時。通りすがりの小学生の口を塞いだり、首を絞めたりと、この頃より日常的に、通り魔的な犯行を繰り返すようになっていった。また、中学時代には、教育実習にきていた女子大生の白い靴下姿に欲情し、白い靴下フェチにも目覚める。

高校に上がってからも、前上の異常性は収まらず、場当たり的な犯行を繰り返していった。「人の苦しむ姿が見たい」という衝動を抑えられなかった前上は、大学時代に白色のスクールソックスを着用した男友達の首を絞め、停学処分を受けたのを皮切りに、就職先では同僚の首を絞め、執行猶予付きの有罪判決を受けるなど、日を追うごとにその異常性は増していった。ついには、通りすがりの中学生の首を絞めて逮捕され、刑務所へと服役することになる。

出所後、前上に更生の兆しは一切見られず、再び、通り魔的な犯行を繰り返すようになっていった。、また、この頃より、自らの犯行や苦しむ被害者の様子などの詳細を記録し始める。そして遂に、留まることの知らない異常とも言える欲求は、前上を殺人鬼へと変貌させる。

とある裏サイトに目を付けた前上は、そのサイト上で、無理心中の参加者を募った。ターゲットとなったのは、多重債務者やいじめられっ子である。その際、パソコンの使用履歴を削除させたり、遺族宛てに遺書を書かせるなど、自らに捜査の手が及ばぬよう徹底した。もちろん、前上自身に無理心中の意思はなく、都合の良い人間を集める手段に過ぎなかった。

2005年2月、前上はサイト上で知り合った女性Aさん(当時25歳)を、「楽に命を絶つ方法がある」と、言葉巧みに誘い出し、河内長野市の山中へと連れ出した。そこで、Aさんの首を絞め、失神する度に蘇生を繰り返し、満足いくまで苦しむ姿を楽しんだ。その後、遂には帰らぬ人となったAさんの遺体を河原へと運ぶと、身元がバレぬよう、衣服をはぎ取り穴へと埋めた。その翌日には、欲望が収まらなかったのか、

Aさんの遺体を掘り返すと、その様子を撮影するなど、死後も凌辱の限りを尽くした。これまでに感じたことのない興奮に完全に魅了された前上は、すぐさま次の獲物を探し始める。その際、より激しい抵抗を楽しみたいとの理由から、今度は男性にターゲットを絞った。前上にとって、男女の区別はなく、苦しんでいる姿であれば、性別は関係なかったという。

最初の殺人から3か月後の2005年5月、当時中学生だったBくんを、Aさんの時と同様の手口で誘い出すと、手足を縛った上で、白いスクールソックスを着用させると、口と鼻を塞ぎ失神させ、また蘇生させるという行為を繰り返した。Bくんは何度も痙攣を起こし、意識が戻る度に「やめてください」と懇願するも、前上は一切応じず、むしろその様子に激しく興奮していた。

犯行時、前上は一部始終をカメラに収めたり、音声を録音するなどして、Bくんの遺体を遺棄した後も、持ち帰った録音テープを自宅で何度も再生し、繰り返し楽しんだ。Bくん殺害後、前上は身代金を要求する電話を、遺族にかけるものの、これに遺族が応じなかったため、Bくんを殺害したことを伝えるも、不可解なことに、半年近くも事件が発覚することはなかった。

その1か月後、同様の手口で当時大学生だったCさんを殺害、2か月後に最初の被害者であるAさんの遺体が発見されたことにより、全ての事件は明るみになった。

2007年3月に開かれた裁判では、「歪んだ嗜好は非常に根深く、手の施しようがなく、矯正・更生の見込みは絶望的である。」とし、前上に極刑が言い渡された。判決を不服とし、弁護側は控訴するも、前上は「他人を痛めつけないと、情緒不安定になる。自分で自分の欲望を抑えられないのなら、全てを終わらせたい。」と述べ、自ら控訴を取り下げ、刑が確定した。

2009年7月、判決からわずか2年という、異例の早さで刑は執行され、前上はこの世を去った。

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